退院したのは嬉しいが、実は大きく認識を間違っていたことがある。
「腫瘍を切除する」というのは私の中で できものを取るかのように
『悪くなった部分を切除する』と思っていたが、
『腫瘍化してしまった部位を切除する』ことだった。
要は、ダーリンは脳下垂体という器官を失った、ということだ。
脳下垂体は生命活動がうまくまわるようにホルモンを調節する器官で、
成長ホルモンを始めとする複数のホルモンの分泌と、
他の臓器からのホルモン分泌を補助しているため、
今後さまざまな全身症状が現れる可能性があるということ。
代謝が低下して骨や筋肉、コレステロール、体内の水分量など
あらゆることに影響が出るため薬で補っていかねばならならず、
体重や水分の管理に気をつけなければならない。
疲れやすくもなるだろうし筋力低下も今までとはレベルが違うのだろう。
今後はもっとカラダが喜ぶ食事にしたいし、
心地よく体力維持ができる方法で運動もしてもらいたい。
そんなことを漠然と考えていたのだが、
退院早々、「うちの原野を散歩したい」と言ってくれた。
そうだね、ゆっくりしたペースで、大好きな森を散歩するのは一番の案だ。
「一緒に行く、行く!」と外に繰り出した。
あれだけ雪が積もっていたのに、今はすっかり融けて、
冬越しで枯れた草と春に芽吹いた草とで まだらになった原野。
去年は殆ど見当たらなかった ふきのとうが、あちこちに顔を出していた。
まだ雪が残る入院前に、二人で採ったのは陽のあたる用水路沿いの斜面だったが、
この谷地っ気の強い原野にも出るようになったのか。
去年ダーリンがせっせと刈払機をかけたことで少し植生が変わっているんだな。
自生している八重スイセンも蕾を膨らませている。
ダーリンが笹を刈って作った、カラマツの小道も残っているが、
笹がこれから勢力拡大を狙っている様子で、また手入れが必要だ。
雪の重みや強風で折れた枝が散乱して、森の手入れだけでも相当手がかかりそう。
庭の様子も少し変わって来ていて、ブタナしか生えていないカッサカサの粘土質を
たくさんの草たちが覆い、コケが生えてきている場所もある。
草を刈って敷いた効果が確実に出てきているんだなぁ、と嬉しくなる。
ガサガサッ、と音がして振り向くと、笹の中から猫たちが飛び出してきた。
外遊びをしていた猫たちが、いつの間にか ついてきていた。
私達のところへ走り寄って来ては、脱兎のごとくまた別のところへ走り去って、
二匹で私達のまわりを回る衛星のように走り回る。
庭と原野を、二人と二匹で くるくる移動しながら植物観察するのは楽しい。
ここで味わいたいシアワセな日常とは、まさにこんな時間だ。
またガサガサっと音がして、猫たちかと思ったら、
猫より一回り、いや二回りくらい大柄なウサギが走って行った。
ねぇねが追いかけたが、ウサギの方がスピードが速く、
あっと言う間に原野の奥に走り去って行った。
あの子かなぁ、うちの去年の大豆を全滅させたのは。
「ちょっとした犬くらい大きいよ」と聞いていたけれど、あんなに大きかったのかぁ。
ちょいとぐるっと家の近所を回っただけだけれど、
入院していたダーリンにとっては少し息が上がるような散歩だった。
左目が失明しているので、距離感がわからなかったり、バランスが難しいようで
元気になったとは言っても今までと同じようにはいかないんだな、と
実感させられる散歩でもあった。
元に戻れるなんてハナから思ってはいなかったが、
こうして少しずつ、今までと違うことを確かめながら
できることを精いっぱい楽しんでいけばいいんだな、とかえって安心した。
大好きな発足の自然。これからもよろしくね。